菅江真澄の道

江戸時代後期の紀行家、菅江真澄が旅したゆかりの地を巡っていく!

菅江真澄ゆかりの地(三輪神社)

 天明4年10月、菅江真澄は滞在した西馬音内を出発し、杉宮の三輪神社に詣でた。



湯沢に至る街道も通り大きな集落が形成されている。ここは杉が鬱蒼(うっそう)としていると記して、始まりは三輪の山より一夜のうちに飛んできた杉に因み、それが大林となったというのだ。


現在、三輪神社の杉林は現存している。



菅江真澄は大和国の三輪の神を勧請(かんじょう)した古い社であると述べている。


三輪神社は養老年間(717~724)に大和の大神神社を勧請して創始したと伝えられる。


境内には須賀神社と八幡神社の本殿があり(計3棟)三輪神社と須賀神社は国の重要有形文化財に八幡神社は羽後町の指定有形文化財に指定されている。



「秋田のかりね」では三輪神社に関する言及は少ない。30年後、菅江真澄は再びここを訪れ「雪の出羽路 雄勝郡」と「勝地臨毫 出羽国雄勝郡」に詳細な記録を残した。


境内には神社には珍しい鐘楼(鐘つき堂)があり、「雪の出羽路(雄勝郡三)」に元禄3年(1690)庚午鐘楼義處公御と記録が残る。


参考文献:秋田のかりねを行く(秋田県立博物館)